
「旅笠道中」「野崎小唄」「麦と兵隊」「同期の桜」などに代表される8000曲をも超える作品を世に送り出すとともに、東海林太郎や音丸、菊池章子、平野愛子、照菊、榎本美佐江、森本徳司などの多くの歌手を育てあげました。
大村能章は、市民の憩いの場でもある毛利氏庭園の近くで生まれ、松崎小学校から現在の多々良学園高等学校に学びました。その後、海軍軍楽隊で音楽を学び、下関海峡オーケストラの指導にあたり、日本歌謡学院で若手の育成にたずさわりながら、作曲家として多くのヒット曲を生み出すとともに慈善公演や慰問公演を手がけるなど、生涯にわたって音楽にかかわる活動を行いました。 |
大村能章
(作曲家)
(1893〜1962)
いま、わたしたちが昭和という時代を振り返るとき、戦前・戦後の最もつらく、しかし最も活気に満ちた日々のことを決して忘れることはないでしょう。
防府市出身の偉大な歌謡作曲家大村能章はこの慟哭の時期、わが国の歌謡界の四天王の一人として、中山晋平、古賀政男、江口夜詩らとともに、歌を通して我々に希望を与えてくれました。

大村能章像 (防府市公会堂)
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