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国分寺

国分寺金堂
国分寺金堂

国分寺楼門
国分寺楼門
 奈良時代の日本は、政治と宗教は切っても切れない関係でした。とりわけ、「金光明教[こんこうみょうきょう]」という経典を読むことで、国を平和に保てると信じられていました。この思想に基づいて建てられたのが国分僧寺と国分尼寺です。そのため、国分僧寺の正式名称は「金光明四天王護国之寺[こんこうみょうしてんのうごこくのてら]」と言います。国分寺を造る場所にも政治と宗教の関係が見られ、国府の近くで景色のよいところに建てられました。
 741年に国分寺建立の詔[みことのり]が出されましたが、周防国分寺がいつ完成したのははっきりわかりません。文献に初めて名前が出てくる756年までには完成していたという説もあります。現在、建っている国分寺金堂は1779年に毛利重就[もうりしげたか]によって再建されたものです。
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