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佐野焼

佐野焼
 
佐野焼2
 
佐野焼3
 
佐野焼

 

 

 江戸時代、佐野地区では約70軒の焼物師が焼物にたずさわっていました。
 佐野焼は叩き[たたき]とよばれる独特の作り方で、荒物[あらもの]とよばれる大型の壷や、小間物[こまもの]とよばれる土鍋などを作っており、主に日常生活で使う陶器を作っていました。
 佐野焼の生産が最も盛んになった大正時代には、120戸の農家が農業をしながら焼物を作っており、組合も作られていました。この組合では、他の土地の人を雇わないことや、佐野以外の場所で窯を開かないことなどを取り決めて、伝統的な作り方が他の土地に流れるのを防ぎました。
 作られた製品は佐波川から船で県内外の市場に運ばれました。瀬戸内海沿岸や島根県西部、北九州一帯、遠くは朝鮮半島にまで販売をひろげました。
 しかし、戦後になると、焼物がプラスチックなどの製品にとってかわられるようになったために生産量が減少して、窯も減っていきました。
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