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明治

時代
西暦
和暦
事項と関連項目
明治 1868 明治元年 右田毛利氏家臣、越後へ出兵する。
防府の歴史「諸隊」(9-5)
江戸を東京に名前をかえる。
神仏分離令
1869 明治2年 脱隊騒動(〜1870年)
防府の歴史「諸隊」(9-5)防府の歴史「勝坂砲台」(9-6)防府の歴史「脱隊騒動」(9-17)
木戸孝允、脱隊騒動の鎮撫のため三田尻着。翌日山口へ向かう。
防府の歴史「脱隊騒動」(9-17)
版籍奉還によって、山口藩になる。
防府の歴史「近代」(7-1)
1870 明治3年 脱隊騒動で右田村一帯が戦場となり、天徳寺ほか付近の民家が焼失する。
防府の歴史「諸隊」(9-5)防府の歴史「勝坂砲台」(9-6)防府の歴史「脱隊騒動」(9-17)
徳永秀之、脱隊騒動に連座して処刑される。
周防国庁が解体される。
三田尻御舟倉の埋め立てが申請される。
防府の文化財「萩往還関連遺跡三田尻御舟倉跡」
1871 明治4年 廃藩置県によって、山口県となる。
防府の歴史「近代」(7-1)
大楽源太郎、脱隊騒動に関わった嫌疑を受けたことで久留米に逃れたが、暗殺される。
防府の歴史「防府出身の志士」(9-13)
三田尻大会所が移転する。
防府の歴史「近代の塩業」(7-23)防府の文化財「三田尻浜大会所跡」
国庁寺が廃寺となり、仏具や仏像は阿弥陀寺へ寄付される。
防府の歴史「国庁寺」(6-38)防府の文化財「周防国衙跡」
玉祖神社が国幣小社となる。
郵便事業が開始され、三田尻・宮市に郵便取扱所が設置される。
防府の歴史「通信手段の発達」(7-29)
富海戸長役場が設置される。
1872 明治5年 富海郵便取扱所が設置される。局長は入江石泉。
防府の歴史「通信手段の発達」(7-29)
毛利元徳一家、三田尻御茶屋に移住する。
防府の文化財「萩往還関連遺跡三田尻御茶屋旧構内」
大小区制となる。
防府の歴史「近代」(7-1)
徳山部第四小学(後の富海小学校)開設される。
防府の歴史「小学校」(7-31)
学制発布
防府の歴史「小学校」(7-31)
華浦小学(後の華浦小学校)、三田尻講習堂の建物をあてて設立される。
防府の歴史「越氏塾」(6-32)防府の歴史「小学校」(7-31)防府の文化財「越氏塾資料」
真尾小学開校。
防府の歴史「小学校」(7-31)
仁井令小学(後の華城小学校)設立される。
防府の歴史「小学校」(7-31)
新橋(東京)〜横浜間に鉄道が開通する。
1873 明治6年 西浦小学(後の西浦小学校)設立される。
防府の歴史「小学校」(7-31)
宮市小学(後の松崎小学校)設立される。
防府の歴史「小学校」(7-31)
防府天満宮、県社に格付けされる。名称が松崎神社と改称される。
牟礼小学、江泊小学が設立される。
防府の歴史「小学校」(7-31)
野島小学(後の野島小学校)が設立される。
防府の歴史「小学校」(7-31)
1874 明治7年 大道郵便局が設立される。
防府の歴史「通信手段の発達」(7-29)
台道小学(後の大道小学校)が設立される。
防府の歴史「小学校」(7-31)
華浦医院・華浦医学校が設立される。
防府の歴史「華浦医学校」(7-32)
佐波郡大区会議所(郡役所)、旧勘場跡に新築される。
防府の歴史「近代」(7-1)
右田小学、佐野小学設立される。
防府の歴史「小学校」(7-31)
1875 明治8年 風間小学(後の向島小学校)設立される。
防府の歴史「小学校」(7-31)
佐野小学(後の玉祖小学校)設立される。
防府の歴史「小学校」(7-31)
牟礼・江泊両村が合併して牟礼村となる。
防府の歴史「防府市の誕生」(7-2)
1876 明治9年 三田尻巡査屯所が設置される。
1877 明治10年 私立周陽学舎開校する。
防府の歴史「近代の教育」(7-30)
西南戦争
県立華浦医学校が廃止されるが、同校の福田正二が独力で校名・経営を引き継ぎ、医学生を養成する。
防府の歴史「華浦医学校」(7-32)
佐野台ヶ原から遠ヶ崎を経て台道に至る国道が開通し、佐野峠経由岩淵間の山陽道が廃止される。
防府の歴史「近代の交通(道路と橋)」(7-5)
富海より末田を経て前町に至る新路線が開通し、浮野峠の山陽道は廃止される。
防府の歴史「近代の交通(道路と橋)」(7-5)
柏木幸助、安全マッチの製造を開始する。
防府の歴史「柏木体温計」(7-12)
1878 明治11年 三田尻電信局が設置され、防府で電信業務が開始される。
防府の歴史「通信手段の発達」(7-29)
新田魚市場・中浦魚市場が開設される。
第百十国立銀行三田尻支店が開設される。
防府の歴史「近代の商業」(7-20)
1879 明治12年 大小区制が廃止される。佐波郡役所が置かれる。
防府の歴史「防府市の誕生」(7-2)
三田尻村・宮市町に消防組を設置する。
台道の上田開作が潮留。
防府の歴史「干拓」
1880 明治13年 中関魚市場が開設される。
植松小学校が設立される。
防府の歴史「小学校」(7-31)
華南小学校(後の中関小学校)設立される。
防府の歴史「小学校」(7-31)
華浦医学校、山口県華浦医学校として再開される。
防府の歴史「華浦医学校」(7-32)
1881 明治14年 柏木幸助の安全マッチ工場が焼失し、マッチ製造を断念する。
防府の歴史「柏木体温計」(7-12)
三田尻浜の塩業従業員、ストライキ。
東京での第2回内国勧業博覧会に、西浦焼の吉田土作が出品し褒章を受ける。
防府の歴史「西浦焼」(7-19)
国会開設の詔勅が出る。
1882 明治15年 山口県下の全塩業者による防長塩田会社が設立される。
防府の歴史「近代の塩業」(7-23)
柏木幸助が検温器の販売をはじめる。
防府の歴史「柏木体温計」(7-12)
1883 明治16年 華浦医学校が廃止される。
防府の歴史「華浦医学校」(7-32)
在来の塩問屋を三田尻製塩売捌所と改め、大会所の統制下で製塩の一手販売を決議する。
防府の歴史「近代の塩業」(7-23)
天神山公園(酒垂公園)を創設する。
鹿鳴館開館。
三田尻塩田大会所跡に田中藤六の記念碑が建立される。
防府の歴史「近代の塩業」(7-23)防府の文化財「三田尻浜大会所跡」
1884 明治17年 小野小学校設立される。
防府の歴史「小学校」(7-31)
秩父事件
1885 明治18年 明治天皇、三田尻問屋口に上陸し、山口へ向かう。
内閣制度発足。
佐波山洞道が開通する。
防府の歴史「近代の交通(道路と橋)」(7-5)
牟礼村に幾度開作・三宅開作・猪俣開作が築立られる。
1886 明治19年 西浦焼の二代目吉田陶作、東京の勧工場内の品評会に出品し第1等賞を受賞する。
防府の歴史「西浦焼」(7-19)
山口警察署三田尻分署は三田尻警察署となる。宮市に巡査派出所、中関に田島駐在所、小野に奈美駐在所を置く。
柏木検温器製造所が設立される。
防府の歴史「柏木体温計」(7-12)
佐波郡養蚕製糸所、高倉に開業する。
防府の歴史近代の農業」(7-13)
1887 明治20年 朝鮮・ロシアに食塩を輸出する。
防府の歴史「近代の塩業」(7-23)
古浜の塩業者、鞠生の厳島神社に古浜塩田開墾の碑を建立する。
防府の歴史「近代の塩業」(7-23)
山口・防府間の車両通行が可能となる。
防府の歴史「近代の交通(道路と橋)」(7-5)
富海・牟礼・江泊・三田尻・野島・中関の漁業者によって佐波郡漁業組合が設立される。
1888 明治21年 鈴屋・奈美・中山・奥畑・久兼・和字・真尾の7か村を1学区とし、奈美に小野尋常小学校(現在の小野小学校)新築。
防府の歴史「小学校」(7-31)
富海村、農作物の品種改良をはかるため浦開作に模範道場を設置する。
防府の歴史近代の農業」(7-13)
牟礼に吉松開作が築立られる。
1889 明治22年 市制町村制実施。防府市域では富海・牟礼・佐波・三田尻・中関・西浦・華城・右田・小野・大道の10か村が発足する。
防府の歴史「防府市の誕生」(7-2)
中関郵便局が開局する。
防府の歴史「通信手段の発達」(7-29)
町村制施行に伴い、防府市域10か村に巡査駐在所を置く。
大道村会議員選挙が実施される。
中関港道が完成する。
防府の歴史「近代の交通(道路と橋)」(7-5)
華浦組(華浦銀行の前身)が設立される。
防府の歴史「華浦銀行」(7-21)
第1回三田尻村村会が開催される。
末田陶器組合が設立される。
防府の歴史「末田焼」(7-16)
大日本帝国憲法発布。
1890 明治23年 吉富芳平、小野村に吉富養蚕伝習所を設立する。
防府の歴史「近代の農業」(7-13)
井上馨、富海に20日あまり閑居する。
第1回衆議院議員選挙。
東京〜横浜間に電話交換局が設置される。
1891 明治24年 三田尻村で私立銀行華浦組(華浦銀行)を開業する。県下における私立銀行のはしり。
防府の歴史「華浦銀行」(7-21)
1892 明治25年 毛利氏庭園の建設が開始される。
防府の歴史「毛利氏庭園」(7-3)防府の文化財「毛利氏庭園」
華浦幼稚園(現鞠生幼稚園の前身)が設立される。
防府の歴史「近代の教育」(7-30)
牟礼に福富開作・てかけ開作・小開作・源平開作が築立られる。
桑山中腹に旧御楯隊士らの戦死者をまつるため桑山招魂碑設置。
防府の歴史「諸隊」(9-5)
1893 明治26年 三田尻港築堤の使用が開始される。
防府の歴史「二つの港」(7-11)
1894 明治27年 佐波・中関・西浦・華城の各村に消防組を設置する。
中関に三田尻製塩売捌所を設立する。
防府の歴史「近代の塩業」(7-23)
華浦幼稚園が休園となる。
防府の歴史「近代の教育」(7-30)
日清戦争
1895 明治28年 三田尻村に消防組が設置される。
右田村の村沢唯一が水稲の正条植をはじめる。
防府の歴史近代の農業」(7-13)
1896 明治29年 中関村に塩田貯蓄銀行が開業する。
防府の歴史「三田尻塩田銀行」(7-22)
柏木幸助が「日本実業新聞」を創刊する。
防府の歴史「柏木体温計」(7-12)
第1回佐波郡会議員選挙。
佐波村に宮市銀行が開業する。
防府の歴史「近代の商業」(7-20)
佐波郡水産業組合が設立される。
1897 明治30年 山陽鉄道、広島・徳山間開通する。
1898 明治31年 山陽鉄道(現・山陽本線)徳山〜三田尻間が開通する。
防府の歴史「山陽本線」(7-6)
宮市商参会が設立される。
防府の歴史「近代の商業」(7-20)
三田尻病院が設立される。
防府の歴史「華浦医学校」(7-32)
私立周陽学舎、佐波郡立周陽学校となる。
防府の歴史「近代の教育」(7-30)
1899 明治32年 佐波郡立養蚕伝習所が牟礼村木部に開設される。
防府の歴史近代の農業」(7-13)
三田尻駅構内の電信取扱所で電報の取り扱いをはじめる。
防府の歴史「通信手段の発達」(7-29)
1900 明治33年 大沢良輔、周南女紅学舎を設立する。
防府の歴史「周南家庭実科女学校」(7-33)
佐野陶業組合規則が制定される。
防府の歴史「佐野焼」(7-17)
山陽鉄道三田尻〜厚狭間が開通する。
防府の歴史「山陽本線」(7-6)
北清事変
1901 明治34年 津守商会、近代的製菓工場を宮市に建設する。
西浦の黒山1号古墳から人骨と鏡や管玉などの副葬品が出土し、鏡と勾玉、管玉は東京帝室博物館に保管される。
防府の歴史「黒山1号墳」(3-25)
正条植が右田式田植法として県下に普及、奨励される。
防府の歴史近代の農業」(7-13)
1902 明治35年 佐波郡佐波村と三田尻村が合併して防府町になる。
防府の歴史「防府市の誕生」(7-2)
西浦郵便局開局する。
防府の歴史「通信手段の発達」(7-29)
防府町会議員選挙。
曹洞宗第四中学林(現高川学園高校)開校。
防府の歴史「近代の教育」(7-30)
三田尻販売購買組合設立認可。
富海・牟礼・三田尻・佐波・野島・中関・向島・西浦・華城・右田の10漁業組合の設立が決議される。
野島漁業組合の設立が認可される。
1903 明治36年 牟礼村に陶器製造組合が設立され、土管の製造を開始する。
防府の歴史「末田焼」(7-16)
百十銀行防府出張所(現山口銀行防府支店)が開業する。
防府の歴史「近代の商業」(7-20)
防府町役場が車塚町に新築される。
佐加多里山公園(天神山公園)の鐘秀台付近から土器・曲玉が発見される。(天神山古墳)
防府の歴史「天神山古墳」(3-9)
曹洞宗第四中学林の校舎裏の山林から古代の土器を発掘する。(寺山古墳群)
防府の歴史「多々良山・天神山周辺の古墳」(3-16)
柏木幸助、ジアスターゼを製品化し「柏木ジアスターゼ」を販売する。
防府の歴史「柏木体温計」(7-12)
1904 明治37年 三田尻郵便局が開局する。
防府の歴史「通信手段の発達」(7-29)
日露戦争
1905 明治38年 中関村立華南図書館が開館する。
防府の歴史「近代の教育」(7-30)
三田尻塩務局が設置される。
防府の歴史「三田尻塩務局」(7-25)
塩専売法施行
防府の歴史「塩専売法」(7-24)
1906 明治39年 中村クマ、大道に叢咲女園を開く。
防府の歴史「近代の教育」(7-30)
山陽鉄道が国有化される。
防府の歴史「山陽本線」(7-6)
1907 明治40年 小野郵便局設立
防府の歴史「通信手段の発達」(7-29)
鞠生幼稚園が設立される。
防府の歴史「近代の教育」(7-30)
県令に基づき、「富海海水浴場」が初めて登録される。
1908 明治41年 羽仁吉一・もと子、雑誌『婦人之友』を創刊する。
山口県原蚕種製造所、西佐波令に設置される。
防府の歴史近代の農業」(7-13)
防長塩業組合、「秋良貞臣君彰功碑」を建立する。
防府町長と華浦尋常高等小学校校長居田泰輔が、越氏塾の創立者河野養哲の碑を華浦尋常高等小学校に移し、その沿革史を編さんする。居田校長は越氏塾関係資料の収集に尽力する。
防府の文化財「越氏塾資料」
牟礼村消防組が設置される。
1909 明治42年 専売局三田尻製塩試験場が設置される。
防府の歴史「防府製塩試験場」(7-26)
郡立高等女学校が校名を佐波郡立高等女学校と改称し、東佐波令野崎の周陽学校跡に設置が認可される。
防府の歴史「近代の教育」(7-30)
組合立周陽中学校の校舎が岡村に移転する。
防府の歴史「近代の教育」(7-30)
防府郵便局で電話交換事務が開始される。
防府の歴史「通信手段の発達」(7-29)
右田村立海北尋常高等小学校(後の右田小学校)
防府の歴史「小学校」(7-31)
牟礼村の福永章一が足踏み脱穀機を考案する。
防府の歴史「福永式足踏回転脱穀機」(7-14)
1910 明治43年 防府電灯株式会社の発電所が竣工、点灯を開始する。
防府の歴史「近代の生活」(7-28)
車塚に弘中病院が開設される。
防府の歴史「華浦医学校」(7-32)
1911 明治44年 華城村、内務省から優良村として表彰される。
福永章一、福永式稲扱機の特許権を得て、福永式稲扱機の製造を開始する。
防府の歴史「福永式足踏回転脱穀機」(7-14)
種田正一、山頭火の号で翻訳などを発表する。
防府の歴史「種田山頭火」(8-16)
三田尻海水浴場落成式。
下関・防府間に市外電話が開通する。
防府の歴史「通信手段の発達」(7-29)
明治天皇、九州行幸の途中多々良の毛利邸に一泊する。
防府の歴史「毛利氏庭園」(7-3)

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